ムーミン研究家森下圭子のフィンランド便り

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ムーミンの作者トーベ・ヤンソンがパートナーと一緒に夏を過ごした島、クルーヴハル。沖にぽつんと浮かぶ孤島では、お天気ひとつに左右される生活を余儀なくされるけれど、でもそれも楽しみのひとつ。

フィンランドには70、80、さらには90歳になっても、現役どころか第一線で創作を続けている人たちがいる。ムーミンの作者トーベ・ヤンソン(1914-2001)も最晩年まで活躍したひとりだ。20年ほど前のこと、トーベのお見舞いに行くたび決まって執筆していた姿を見て、弟さんは、「僕は作家じゃなくて良かったと思う。病気の苦痛がひどいのに、それでもペンと紙があれば書けてしまう。そしてトーベは書く手を止めることができないんだから」と話していた。ところがフタを開けてみたら、弟さんもまた、今なお写真を撮り続けている。行動範囲が狭くなったら新しいテーマや技法が閃いたのだとか。ちなみに今年96歳だ。

これまで、フィンランドの第一線で活躍する作家の方々とお話させていただく機会がちょくちょくあった。デザイナー、建築家、画家、音楽家など。そしていつからか、彼らに、こんなことを聞くようになっていた。「スランプに陥ったことはありますか?」

答えはひとつ、「ノー」だ。しかも即答。そして私はやっぱりと思う。何せみんな自然体なのだ。この人たちは、無理をしてまで作品を捻り出そうとか職業にしがみつこうって考えてないだろうと思ったから。そしてこうも思うのだ。幸せかどうか、仕事や人生って、それくらいの素直な判断でいいのかもしれない。彼らが作家でい続けるのは、シンプルにそういうことなのかなと。

誰からも依頼されていないけれど、いてもたってもいられなくてと描いた絵が、のちにフィンランドじゅうの子供部屋に貼られるようなポスターになった。80を過ぎてなお、真夜中に閃いて、50年前と同じように妻を起こし、自分のアイデアを語っては夫婦で夜を明かす。国内外のファッション界のあちこちで影響を受けたと言われている存在でありながら、今もなお、時々自分が店に立つし新作も発表し続ける。名声とか地位とか、そんなものがあってもなくても私は私とのびのびと生きている、そんな印象がある。そんな姿は魅力的だし、また幸せそうなのだ。

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湖畔に建つエーロ・アアルニオのスタジオ兼自宅。自分の手がけたものが遊び心いっぱいに、家やスタジオのあちこちに置かれている。写真は後に増築したスタジオ部分。今もここで次々と新しいデザインが生まれている。

「アイデアは自然とでてくる」「次から次へとあふれ出てくる」なんて言葉が続く。いくつになっても、90歳になってもだ。さらに彼らの話に耳を傾けていると、日常のあちこちに面白いことがあって、自分の好奇心に素直に動いている様子が伺える。それが有益か何かに繋がるかなんてどうでもいい。ただただ面白いと思ったことに素直に首を突っ込むのだ。何かを生み出すために吸収するのではなく、気がつけばいろいろと吸収し、そこから何かが生まれる。フィンランドで定番と呼ばれるデザインは、こういうところで生まれているのではないだろうか。

幸せな人のデザインするものに囲まれて生活する日常が息苦しくなるわけはない。フィンランドの人たちの日常が豊かに見える背景には、幸せな人が手がけたものを、日常生活の中で、そして日用品として愛用しているということもあるのかもしれない。

ではデザインする人たちが幸せってどういう環境なの?とか、どういう暮らしをしているの?とか。フィンランド・デザイン展でも紹介されるデザイナーたちの暮らしや、フィンランドの人々の日常など、これから連載という形でお話させていただこうと考えています。

デザイナーとしての誇りの前に、私は私を誇れるか。次回は何かに夢中になる生きかた、自然に学ぶフィンランドのデザイナーのことを。

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森下圭子(もりした・けいこ)さん略歴

1994年秋に渡フィン。ヘルシンキ大学にて舞台芸術とフィンランドの戦後芸術を専攻。現地での通訳や取材コーディネート、翻訳などに携わりながら、ムーミンとトーベ・ヤンソンの研究を続けている。映画「かもめ食堂」ではアソシエイトプロデューサーを務める。ヘルシンキ在住。

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