ムーミン研究家森下圭子のフィンランド便り

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寒さが厳しくなり、海が次第に凍っていく。こんなガラスの器や柄のものあったよね、と話しながら散歩をしたり。

ムーミン研究のひとつとして作者トーベ・ヤンソンの足跡を辿っていると、いくつものトーベ伝説に出会う。海にまだ氷が浮かぶ頃、島暮らしを始めたいのにボートが島につけられないと分かると、海に飛びこんで島へ泳いで渡った話、14歳で海に浮かぶ岩の上にひとりで家を建てて寝泊りした話など。ほかにも取材でデザイナーや芸術家の話を聞くと、次々と面白い逸話が飛び出してくる。

たとえばエーロ・アールニオ。「なんかセーリングって、いいかもな」と思い立ったが吉日。湖で使っていた手漕ぎボートにマストをつけ帆をはり、自己流ヨットを作ってしまった。それでひと夏、セーリングの練習をしたのだとか。もちろんそれも自己流。次の夏にはヨットを手にいれ、場所も湖から海へ移し、家族で航海していたらしい。

と、こんな話を始めるときりがないので、豪快な逸話はまた別の機会にということにして。日常の小さな自然との関わりがデザインに生きてくる例は、フィンランドでよく目にする。

マリメッコのアイコンとも呼ばれるウニッコをデザインしたマイヤ・イソラ。ウニッコをはじめ、植物や自然のモチーフが明らかなものはもちろん、そうでない柄にも自然に親しい様子が伺える。キヴェットという柄、キヴェットはフィン語で石を意味する。これはアトリエの脇にあった石をモデルにしていて、その造形をハサミで紙切りしたものだ。あるいはカイヴォという柄。カイヴォの意味は井戸。フィンランドの人たちは長い夏休みを森の中の夏小屋で過ごしたりするけれど、たいてい夏小屋には水道がない。口にする水は井戸から汲んでくる。井戸にバケツを落として井戸水を汲む、バケツを落とした瞬間に水面に広がる波紋、そこからマイヤ・イソラのカイヴォのデザインは生まれた。井戸のエピソードを聞けば、たいていのフィンランド人は、実際の光景を頭に描くことができるのだ。

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エーリク・ブルーン邸のエントランスを飾るのはドライフラワー。少しずつ、好きな花を乾燥させ、何年もかけて大きな花瓶を満たしていったのだとか。

エーリク・ブルーンは自然をモチーフにした絵が多いけれど、そのヒントは日常の小さな自然の発見だったりする。玄関口に落ちていた鳥の綿毛を、手にした瞬間にひらめいた切手のデザイン。昔、フィンランドの速達郵便物には、封筒の片隅に羽根がつけられていたという。綿毛を緻密に描いた切手デザインはブルーン本人が売り込み、これは今でも切手として郵便局で売られている。

さらに視点を変えてカイ・フランクのデザインを見てみると、彼のデザインの背後にも自然との接点がうかがえる。ティーマやその前身のキルタシリーズをデザインしたカイ・フランク。彼のキルタは「これまでのフィンランドの食卓にも合わせやすい食器」と考えて誕生したものだ。フィンランドの大半の地域では、それまで自分たちで作った、たとえば木をくり抜いたりして作った食器が使われていた。長く森の民と呼ばれているフィンランドの人たちの暮らしに寄り添ったときに、カイ・フランクは自然に馴染むものを作ることで、フィンランドならではのデザインを実現させていったのだ。

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森下圭子(もりした・けいこ)さん略歴

1994年秋に渡フィン。ヘルシンキ大学にて舞台芸術とフィンランドの戦後芸術を専攻。現地での通訳や取材コーディネート、翻訳などに携わりながら、ムーミンとトーベ・ヤンソンの研究を続けている。映画「かもめ食堂」ではアソシエイトプロデューサーを務める。ヘルシンキ在住。

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