ムーミン研究家森下圭子のフィンランド便り

erik bruun
子供の頃から自分たちで発明して物を作ることが大好きだったエーリク・ブルーン。これは70年代に発明したソーラーカー。

分野を問わずフィンランドでよく聞くのは、「できる人はね、ひとりで何人分もの仕事をするの。国が小さいから」という話。人口は550万、日本でいうと兵庫県くらいだ。その数で一国として他国と交渉したり競争する力を備えるとなると、確かにひとりで何人分もの仕事をこなしている人たちがいるのだろうなと察しがつく。

デザインの分野でもそうだ。たとえばマリメッコの初期に活躍したヴオッコ・ヌルメスニエミ。世界のあちこちに彼女に影響を受けたというファッションデザイナーは多くいる。ところが、彼女自身、もともとは陶芸を勉強していたのだ。実は仕事のキャリアはアラビアから始まっている。

ところがひょんなことがきっかけでマリメッコの創業者に会うことになり、「テキスタイルをデザインしてみない?」と声をかけられた。見本として生地を見せられ、創業者は「これっぽいもの」と指示したが、ヴオッコはそうしなかった。それでは「私」である必要はないのだ。

「私の個性は、もともと陶芸をやっていたこと。つまり立体でモノを見ることができること」と言い、立体に仕立てたときに面白い柄になる生地を次々とデザインした。それは、裁ち方によって、まったく別柄の生地に見えるものだったりしたのだ。

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杏子茸はフィンランド語でカンタレッリ(kantarelli)。タピオ・ヴィルッカラが同じ名前で花瓶をデザインしている。自然のあちこちにデザインのヒントが潜んでいる。

立体と平面を自由に行き来し、のちにマリメッコから独立し『ヴオッコ』というブランドを立ち上げてからは、簡単に組み外しできる、ベンチソファを発表したりもしている。

イスで有名になったエーロ・アールニオもまた、自由自在にさまざまなものをデザインしている。本人が嬉しそうに言うのが「(フィンエアーのためにデザインした)爪楊枝」だ。今年91歳になるエーリク・ブルーンもグラフィックだけかと思いきや、特許がとれるレベルの発明をしていたり。ムーミンのトーベ・ヤンソンも、ムーミンだけではない。舞台美術を担当したり、バレエの衣裳をデザインするなど活躍の場はとても広い。

ひとりで何人分もの役割を背負うと聞くと大変そうだけれど、枠を超えて自由自在に個性を発揮できる場があるというと、なんて魅力的だろうと思う。数々の名作デザインといっしょに、「働くこと」「枠にとらわれず自由でいること」「個性」などということを考えてみると、自分の日常も、少し身軽に生きていける気がするのだ。

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森下圭子(もりした・けいこ)さん略歴

1994年秋に渡フィン。ヘルシンキ大学にて舞台芸術とフィンランドの戦後芸術を専攻。現地での通訳や取材コーディネート、翻訳などに携わりながら、ムーミンとトーベ・ヤンソンの研究を続けている。映画「かもめ食堂」ではアソシエイトプロデューサーを務める。ヘルシンキ在住。

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